大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和50年(ヨ)3105号 決定 1975年10月20日

債権者 笹井達二

右代理人弁護士 稲村五男

同 高田良爾

同 鶴見祐策

債務者 山陽エバーアルミ株式会社

右代表者代表取締役 寺島二郎

右代理人弁護士 松本正一

同 橋本勝

同 森口悦克

同 山崎郁雄

主文

債権者の本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

債務者が昭和五〇年九月一七日の取締役会の新株発行に関する決議に基づき、現に発行手続中の額面普通株式一八万八〇〇〇株の発行を仮に差止める。

第二、申請理由の要旨

一、債務者は、昭和四三年八月一九日設立のアルミニューム等の製造販売等を目的とする株式会社で、発行する株式の総数三二万株(一株金五〇〇円)、発行済株式総数一三万二〇〇〇株(額面合計金六六〇〇万円)であり、債権者は、右発行済株式のうちその八三・三%余に相当する一一万株(額面合計金五五〇〇万円)を有する債務者の株主である。

二、債務者は、昭和五〇年九月一七日開催の取締役会において、新株一八万八〇〇〇株(記名式普通額面株式)の発行を決議し、これを株主に対し三三株につき新株四七株の割合で割当てることとして払込期日を同年一〇月二二日と定めた(以下本件新株発行という)。

三、しかし本件新株発行は著るしく不公正な方法によるものであることは、以下述べるとおりである。

1  債権者は、債務者会社、平安八幡アルミ株式会社(昭和四七年一〇月一八日債務者に吸収合併)および日本エバーアルミ株式会社の創立者で各大株主であるが、右三社の経営が悪化したので、これが再建につき古河アルミニューム工業株式会社(以下古河アルミという)の協力を得るため、昭和四六年一二月三日古河アルミおよび中谷末吉との間で要旨つぎのごとき株式信託契約を結んだ。

(1) 古河アルミおよび中谷末吉の前記三会社(以下平安三社という)に対する議決権の比率合計がそれぞれ七〇%になるよう債権者所有の平安三社の株式を債権者は中谷末吉に信託する。

(2) 右株式の信託期間は平安三社それぞれが配当可能体制に入った時までとする。

(3) 右株式信託後相当期間(三年以上とする)を経過するも平安三社の再建が著るしく困難と認められるに至ったときは債権者、古河アルミおよび中谷末吉は協議する。

2  右信託契約に基づき、債権者はその所有の債務者会社の株式七万四〇〇株を受託者たる中谷末吉に信託した。これによって債務者会社の株式の比率は、古河アルミ所有のもの一六・三%、債権者所有のもの八三・三%余のうち五三・三%が右信託の目的となっていることとなった。

3  右信託契約において、本株式について増資新株式の割当があったときその他信託財産について重要な変更が生ずるときは、前記1(1)の約定の趣旨にのっとり債権者、古河アルミおよび中谷末吉が協議して処理する旨の約定が附せられている。

4  なお、右信託契約と同じころ、債権者、古河アルミおよび中谷末吉間の覚書により、債務者会社の再建に関連し、古河アルミは、債務者会社の授権資本の変更および増資については、債権者との協議がととのった上で実施する、但し、既に産炭地域振興事業団(地域振興整備公団と称号変更、以下単に公団という)および日本開発銀行(以下単に開発銀行という)に対する約束にしたがって増資する場合は事前に債権者に通知してこれを行う旨の約定をも行っていた。これは、債務者会社が右信託契約以前に公団および開発銀行から融資をうけたときの条件として債務者会社が可及的速やかに一億円以上の増資をすることとなっていたからである。

5  債権者は、前記1の契約によって大企業の古河アルミが平安三社(平安八幡アルミ株式会社の前記合併により二社となる)を再建することを期待していたが、同業他社が高利潤をあげているのに、債務者会社および日本エバーアルミ株式会社のみは却って業績を悪くし二〇億余の赤字を累積させた。そこで債権者は、前記1(3)による協議を古河アルミに申し入れ昭和五〇年六月まで数回会合し前記信託契約の解除および信託株式の返還について協議したが、古河アルミでは、債権者の出資した六〇〇〇万円を渡すから右二社から手を引いたらどうかと提案するしまつで、古河アルミはみずから莫大な赤字を発生させておきながら、赤字を口実に債権者をして債務者会社から手を引かせ僅かな金でこれを買い取りその乗っとりを図った。前記中谷は古河アルミの意のまゝこれと同じ行動をとっている。よって債権者は、昭和五〇年六月二七日附で古河アルミおよび右中谷に対し、前記信託契約の趣旨が履行されず、かつ前記二社の再建を目的とするのに却って債務者会社の乗っ取りを目的とする信託行為をしているので、右契約解除の意思表示をしたが、前記信託株式の返還に応じないので、同年七月一四日東京地方裁判所に古河アルミおよび中谷を被告として右株式の株券返還請求訴訟を提起した。

6  古河アルミは、債権者の抵抗により前記方法による債務者会社の乗っ取りに失敗するや、前記4記載の覚書但し書の公団および開発銀行との約束をたてに、昭和五〇年九月一二日債権者に対し増資の通知をし、ついで債務者会社において本件新株発行を図っている。

7  債務者会社は、本件新株発行による増資は、前記4記載の公団および開発銀行との約束による増資であり、右増資をしないと借入金の一部又は全部につき繰上償還を求められることおよび自己資本の調達の必要があることを理由にあげている。

8  しかし、前記4記載の融資の条件を履行しないからといって借入金の返済期限の利益を失わせるものとは解されないし、債務者会社は右借入金の分割弁済を行っているので、赤字経営の実情を説明して増資の延期方を申し出ればこれに応じてくれることは明らかで、過去すでに三回もこれが延期を許されてきているのであり、公団および開発銀行において右増資をしないからといって直ちに強硬措置にでるとは考えられないし、右増資の実施を強く求めているわけでもなく、また莫大な赤字をかゝえているときに増資をすること自体も会社経営の常識に反する措置である。

9  債権者が前記信託契約の解除を主張し、古河アルミによる債務者会社の再建について期待せず、しかも赤字経営にあるとき、古河アルミが前記6のごとき通知をしてきても、債権者が本件新株発行による増資に応じ約七八〇〇万円(新株一八万八〇〇〇株の八三・三%)もの多額の払込を承諾する筈がない。古河アルミは、債権者の以上の気持を熟知し、かつ前記8に記載の事情のもとにありながら、債務者会社をして本件新株発行をさせているのであって、その狙いは狡猾な手段による債務者会社の乗っ取りにほかならない。すなわち、債権者は右払込に応じない以上は約三〇%の少数株主に転落するので、現在債務者会社の取締役の多数派を占める古河アルミが会社所有においても多数派となり名実ともにこれを乗っ取ろうとしている。

債務者会社は、債権者が派遣している取締役藤原隆に対しても、増資に関する公団との交渉内容を全く知らせず、同取締役が前記二の取締役会で本件新株発行に強く反対したのに、債権者の意思を無視してこれを強行しているのであって、このことからも前記意図のあることは明らかである。

10  前記3の約定によれば、増資新株については、当然に前記信託契約における信託財産となるものでなく、これを信託するか否か信託するとすればその比率をいかにするかについては当事者間で協議する趣旨であるが、かゝる協議はされていない。したがって本件新株の割当は、債権者に対してはその持株数に応じた八三・三%を割当てるべきであるのに、僅か五万六四〇〇株のみ割当て、中谷末吉に一〇万二六六株割当てをしている。中谷に対する割当は信託株式としてなされたものとも考えられその趣旨は明らかでないが、いずれにしても同人に対する新株の割当は不公正である。

四、以上のように本件新株発行は債権者の意向を無視し債務者会社の乗っ取りを目的とするもので、本件新株発行が実施されると、債権者は債務者会社の支配力を決定的に失って株主として不利益をうけるので、相当な担保提供を条件に第一掲記の仮処分を求める。

第三当裁判所の判断

一、≪証拠省略≫を総合すると、前記第二、一、二、三1ないし4、7(三の冒頭掲記部分を除く)の各事実が疎明される。

二、債権者が前記第二、三、5、6、8、9で主張するところは、要するに、本件新株発行は会社乗っ取りを目ざすもので、そのことは

(一)  債務者会社が公団および開発銀行から融資をうけるときの条件である増資を直ちに行わなくとも借入金の繰上償還を求められるような差し迫った事態ではなく、莫大な赤字を抱えた時期にあるのに会社経営の常識に反する増資の道を選んでいること

(二)  債権者と古河アルミおよび中谷間の株式信託契約につき債権者が解除を申し出て紛争中であるときに、大株主として増資につき重大な利害関係をもつ債権者の意向を無視して増資を急いでいること

(三)  すなわち、債権者が本件新株を引受ける筈がないことを知って、古河アルミは債務者会社に本件新株発行を実施させているのであって、債権者の持株比率を三〇%に転落させ債権者の債務者会社における支配力を減殺する術策をとっていること の諸点から明らかであるというのである。

しかし、(一)の点については、前掲疎明資料を総合すると、公団および開発銀行から融資の条件とされた一億円以上の増資の件は、債権者が債務者会社を主宰していた当時みずから締結した約定によるもので、前記信託契約後、債務者会社が再三に亘り公団および開発銀行に対し、右増資の延期を要請してきたが、本年に至り昭和五一年三月末日までに右増資を実行しないときは借入金につき繰上償還を求めることがある旨の条件で右期日まで増資を延期するとの承認を得ているもので、右増資をしない場合には借入金につき繰上償還を求められる事態が生ずる虞があり、かゝる事態が生ずれば約二億円の借入残金の返済資金のない債務者会社はたちまち経営に破綻を生ずること、最近の経済情勢の悪化で債務者会社も資金繰りに苦しんでおり会社自体にとっては最も有利な方法である増資の実行により年末を控えて生ずる資金需要に応ずるため本件新株発行を図っているものであることがそれぞれうかゞわれるのである。

また、前記(三)の点については、債権者が本件新株の引受をするか否かは、債務者会社の将来性や経済情勢等を考慮したうえみずから決すべきことであり、自己が本件新株の引受を断念した結果これが第三者の引受けるところとなり持株比率が減少することになっても、みずから招いた不利益で、新株の発行方法の当否とは別個のことに属する。そして、古河アルミないし債務者会社において、債務者会社にことさら赤字を累積させて経営内容を悪化させ、債権者に本件新株の引受を断念することを余儀なくさせ同会社の乗っ取りを策しているかのごとき債権者の主張事実は、これを認めるに足る疎明がない。

さらに前記(二)の点について、前記信託契約の効力については当事者間でその効力をめぐる争の存することは前記疎明資料からうかゞわれるのであるが、債権者所有の株式に割り当てられた本件新株が当然に前記信託契約による信託株式となるものではないと解されるのであって、本件新株の発行により債権者の議決権が減少するものではないし、さきに認定した事由による本件新株の発行が、前記紛争中であるからといって著るしく不公正なものとは解されない。

三  債権者の前記第二、三10の主張は、中谷末吉に対し本件新株を割当てたのは不公正な株式発行であるというにある。

よって考えるに前掲疎明資料によるとつぎの諸事実が疎明される。

(一)  債権者は前記信託契約に基づき受託者たる中谷に対しその所有の債務者会社の株式一一万株のうち七万四〇〇株の株券を交付し債務者会社の株主名簿に信託財産の表示がされ、債権者の手許に残り三万九六〇〇株が保有されている。

(二)  債務者会社は、債権者および中谷に対し、それぞれ商法第二八〇条の五第一項所定の事項(引受権を有する株式数は除く)ならびに株主の所有株式三三株につき新株四七株を割当てる旨の通知し、これに添付した株式申込証用紙には、具体的な新株引受権を有する株式数は、債権者につき五万六四〇〇株、中谷につき一〇万二六六株と記載されている。

(三)  債務者会社が中谷に対し右通知をしたのは、同人が本件新株の割当日現在において株主名簿上前記信託株式の受託者であるためで、前記信託株式の所有者である債権者に対し、これが新株引受権を与えず受託者たる地位を離れた中谷に右引受権を与える方法はとっていないこと、したがって中谷も債権者に対し右新株払込金の送金方を申し入れ、右送金があればこれを債権者名義で右払込金に充てる旨を通知している。

ところで、上記各認定によれば、債権者は本件新株のうち一五万六六六六株(持株一一万株につき三三株に新株四七株の割合)について引受権を有する株主で、前記株式の信託契約の存否にかゝわらず右引受権を有する株数に変りはないものと解される。

したがって債務者会社の債権者に対する前記(二)の通知は、債権者が引受権を有する株式数を過少に通知した瑕疵があるが、そのために債権者の有する具体的新株引受権が失われるものではないし、債権者が所定の期日までに新株引受の申込をしたときは、所定の申込証によらないことを理由に株式の申込の効力を争いえないというべきで、債権者は、なお右新株引受の機会が残されているのであるから、前記通知の瑕疵によって不利益を受ける虞はないし著るしく不公正な株式発行とも解されない。

四、以上のとおりであって、本件仮処分申請はその被保全権利につき疎明がなく、保証を立てしめて疎明を補うのは相当でないから、本件仮処分申請を却下することとし、申請費用は債権者に負担させることとし主文のとおり決定する。

(裁判官 首藤武兵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例